雪が降りません。子供達に雪遊びをさせて、我々大人はゆっくりと休日を過ごす。。というわけにもいかず、暇つぶしに白鳥飛来地に行くことにしました。目 的地は金ヶ崎町の「赤石堤」です。高松の池など、盛岡にも飛来地はありますが、軍馬補充部六原支部跡を訪れるという懸案もあったので、足を運ぶことにしま した。1年前のビデオを見ると、カモの大群を怖がり、ただ泣くばかりのいちでしたが、今年は大張り切りで、バンバン餌を撒いていました。白鳥飛来地です が、カモに餌をやるほうがはるかに面白いですね。

雪が降りません。子供達に雪遊びをさせて、我々大人はゆっくりと休日を過ごす。。というわけにもいかず、暇つぶしに白鳥飛来地に行くことにしました。目 的地は金ヶ崎町の「赤石堤」です。高松の池など、盛岡にも飛来地はありますが、軍馬補充部六原支部跡を訪れるという懸案もあったので、足を運ぶことにしま した。1年前のビデオを見ると、カモの大群を怖がり、ただ泣くばかりのいちでしたが、今年は大張り切りで、バンバン餌を撒いていました。白鳥飛来地です が、カモに餌をやるほうがはるかに面白いですね。

今日は、来年度のS地区PTA役員を決める会議があり、おかかちゃんが出席しました。この会議は毎年難儀を極めるらしく、我が妻も憂鬱だったようです。
昨年の会議は重苦しい雰囲気だったそうですが、今年は会議の進行が上手だったらしく比較的明るい雰囲気だったようです。我が家は、広報部をやることにな りました。役員はほぼお母様方で占められておりますが、少しずつ父親も入っていかなければいけないのだ!!と燃えているおかかちゃんは、勝手に私の名前を 書いてきました。もちろん、事前の同意はしておりました。
留守中は、子供達と粘土遊びです。この年になっても粘土遊びはそれなりに楽しいです。私は、白の粘土をつぶつぶにしてシャリを作り、寿司を作ってみました。ぴーこもケーキや地球を上手に作ってくれました。いちは。。。もうぐちゃぐちゃですが、とても楽しんでいました。

全農岩手県本部の「究極の新米食べ較べ」キャンペーンに応募したところ、見事当選しました。今日不機嫌だったおかかは、スキップして喜んでいます。
JA全農いわて
歴代のいわて純情むすめの写真が載っています。
家族旅行で東京・千葉(ディズニーランド)に行ってきました。今回の資金は、おかか得意の500円玉貯金(2年)です。私を叱咤し続けて、貯めた貯金です。
東京に3年半勤めた私ですが、東京ディズニーランドに行ったのは今回が初めてで結構楽しかったですし、子供達も大喜びでした。いちも、一日中歩き回っていたのに疲れたとも言わず、しまいには音楽に合わせて踊りだすパフォーマンスを演じてくれました。
9日のディズニーランドでぴーこが最も喜んだのは「アリスのティーパーティ」、「キャッスルカルーセル」、要するにグルグル回るカップ、回転木馬です。 岩山パークランドにあるようなものを喜んだのは可愛らしいものです。チップとクラリスにサインを書いて貰ったのも思い出になったでしょう。


いちの大好きな新幹線は、指定席をとったのに残念ながら喜んでもらえませんでした。彼が最も楽しかったのは、新浦安オリエンタルホテルの食事だったら しいです。家ではすぐに「食べさせて!」と母にお願いする彼ですが、ホテルでは夜も朝も、一人で黙々と食べ続けていました。大人でも一人 3,000円で食べられるバイキングが目当てで選んだこのホテル、大変満足できました。
10日は東京タワーと、エプソン品川アクアスタジアムです。説明するまでも無く、田舎者には十分楽しめました。それは、良いとして。。。


2日目の朝、都心に向かうため新浦安から新木場までJR、そこで有楽町線に乗り換えることにしました。新木場で降りた私達は、通勤のビジネスマンの迷惑 にならないよう、最後にホームからの階段を降りることにしました。我々が最後尾のはずですが、僅か2才と思われる女の子がぽつんと一人、階段を怖がって降 りられず少し半泣き状態でいるのです。やがて、その娘は決心したように階段をひょこたん、ひょこたんと降り始めます。「母親は何やってるん だ!」と思い、周囲を見渡しても、誰も振り向きもしません。堪り兼ねて、「手をつないでおりようか?」と声を掛けますが、あっさり無視されてしまいます。 そして、その娘が頑張って階段の半分をおりた辺りで、次の到着電車のビジネスマンの大群が一気に階段を降りてきたのです!!
「おおっ、大丈夫か!?」
とても放っておけなくなりました。やっと階段を降りて半泣きで母親を探す女の子、ビジネスマンの大群に巻き込まれそうです。映画「戦艦ポチョム キン」の「オデッサの階段」を連想させる出来事でした。ビジネスマンの大群、怖い!!(きっと私が父親に見えたと思われ、誰も助けなかったのでしょう)
結局、改札を出た所で、母親の同行者らしき女性が、「〇〇ちゃん!?、〇〇ちゃん!?」と探しており、なんとか無事引き渡すことができました。それまで 我が家族がフォローしました。我々が居なければ誰かが助けたでしょうが、子供を置き去りにしたまま自動改札を通りますか?普通。。。。
その母親を一喝したかったのですが、首都圏で「BAGATARE、コノォ」と訛って怒る訳にもいかず、呆然とするばかりでした。
昨今、子供の受難が相次いで報道されておりますが、常識では計れない親が増えているんだなとつくづく感じました。
12月30日から今日まで、3泊4日で実家に帰っていました。真冬に家をこんなに長く開けるのは初めてで、水道管凍結が心配だったので、北洲ハウジングのカスタマーサービスに水抜きの方法を確認するために年末に電話をしました。
「水抜きをしたいんですが、(中略)をすればいいんですよね?」
「3日間ぐらいですか?それぐらいであれば水を落とさなくても大丈夫だと思います。建てて何年目ですか?」
「この冬で3年目です。」
「15年前に建てたお宅でも大丈夫でしたし、恐らく問題ないと思いますが。凍結防止ヒータのコンセントは全て入れてブレーカーは落とさないようにしてくさい。(以下省略)」
おぉ、頼もしい。今のお家ってそうなんですね。しかしこの時期の盛岡の最低気温は、平年値で-5度近くですが本当に大丈夫なんでしょうか。今回は、結果として、留守の間は-1度程度までしか下がらなかったので、その真実は検証できませんでした。
ということで、すごく暖冬な毎日です。実家の八幡平市で恐れていた極寒トイレ、極寒風呂もありませんでした。雪もありません。母曰く、昭和55年の1月上旬も全然雪がなく、その年は大冷害だったそうです。今年はどうなるのでしょうか。
