戦争ドキュメンタリー(3)

樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇(8月14日放送)

玉音放送の後でも、ソ連と戦った樺太(サハリン)の日本陸軍師団と巻き添えになった民間人の記録ドキュメンタリー。私の母が、樺太で生まれているので興味深く視聴した。

停戦後であっても、ソ連の侵攻を食い止めるべしの大本営命令を受けて戦った現地師団は、武器弾薬が乏しい中、民間人の少年なども兵士として養成、投入した。満州、朝鮮半島、そして樺太を大国との緩衝地帯として、明治以来、ロシアそして後のソ連の南下政策に必死に抗ってきた日本としては、この地を譲ることができなかったのだろう。当時を振り返る老女の「露助」という表現は、当時の常識だったであろうソ連に対する憎しみと軽蔑を如実に表していた。

ルーズベルトの死去という幸運もあって、北海道の一部占領は免れた。長年のロシア・ソ連の侵略をしのぎ今の日本の繁栄があり、米ソの代理戦争であった朝鮮戦争が後を引く現在の北朝鮮情勢があることを思えば、あの戦争は過ちだったとは言い切れない。

戦争ドキュメンタリー(2)

731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~(8月13日放送)
よくぞ、この時間帯にこの事実を放送したものだ。

この史実を題材にして、以前中国かどこかが制作した映画をレンタルして見ようとしたことがあるが、日本人が本当にそんなことをしたことを受け入れられずに途中で見るのを止めてしまった。従軍慰安婦とは比較にならない恥ずべき史実だと私は思っている。

旧ソ連で行われたハバロフスク裁判の音声記録は、その昔、森村誠一の「悪魔の飽食」、吉村昭の「蚤と爆弾」で取り上げられていた人体実験を裏付けるものだった。

ただ、それ以上の衝撃的な事実が出てこなかったことには安堵した。

戦争ドキュメンタリー(1)

毎年8月になるとNHKスペシャルで太平洋戦争のドキュメンタリーが放送されるので、永久保存用として必ず録画している。今年の終戦記念日前後に放送された3つの番組は、なかなか見応えがあった。

本土空襲 全記録(8月12日放送)
サイパン陥落によって、B29による無差別爆撃が行われるようになった日本本土だが、硫黄島玉砕によってB29の爆撃隊に戦闘機の護衛がつくようになり、その後完全に制空権を失った日本。戦闘機の役割は爆撃機の護衛から、機銃掃射による地上施設への直接攻撃になったという。ガンカメラのカラー映像は、機銃から逃げる人の映像、銃弾を浴び続ける全国各地の軍施設、学校、駅、鉄道車両等を捉えていた。犠牲者の数は少なくとも45万人だと言う。

(ここからは番組を見て思い出した話)
ガンカメラの映像は、番組名は忘れたが、以前、民放の番組でも扱われていた。この時は、機銃掃射を受ける盛岡駅の映像があった。
調べると盛岡は東京大空襲のあった3月10日にB29による爆撃を受けていたらしい。機銃掃射は8月10日。
以前、世間話で、岩手県職業能力開発協会の会長を務められた竹原冨士雄さんから盛岡の空襲の体験談を聞いたことがある。2度ある空襲のどちらの話であるかは不明だが、焼夷弾を落とされたが、宅内に落ちた子爆弾が不発で、竹原さんの父親がそれを屋外に放り投げ消し止めたこと、大川原には隧道(トンネル)があり、その中に避難した人達、特に婦人達が「南無阿弥陀仏」と念仏を唱え恐れおののいた話だったと記憶している。

戦後72年となり、戦争を経験した存命の方が少なくなりつつあるが、両親や祖父母から聞いた話、先輩方から聞いた話を語り継いでいく必要はあると思う。

3年ぶりの釣り

息子の3年間のハンドボール生活が終わりました。

3年連続の全国出場はならなかったものの、東北大会にコマを進めた、息子達の代も強かった。先生の指導手腕によるものですが、厳しい練習についていった生徒達も素晴らしかった。

ということで、やっと時間のゆとりが出来たので、中学に入って初めての海釣りに言ってきました。お嫁ちゃんの実家に行ったついでです。

場所は、宮古市の重茂半島の白浜。小雨の中の釣り決行になりました。

釣果がゼロでなくて良かった(^^;)
釣った魚の名前が、わかりません。ソイ?

名古屋

8月3日〜4日に開催された若年者ものづくり競技大会の選手引率で名古屋を訪れました。食事、移動の途中、あるいは飛行機の街時間を利用して(観光ではないことを強調)、何故か縦長の写真ばかりを集めました。紹介文は全てWikipediaを参考にしています。

名鉄百貨店ヤング館の前に立つ巨大マネキン”ナナちゃん人形”。1973年(昭和48年)に設置されたようです。
そんなに昔からあるなんて知りませんでした。

株式会社矢場とん(やばとん)は、愛知県名古屋市中区大須にあるトンカツの専門店を運営する企業。1947年(昭和22年)5月創業の 味噌カツ専門店。

栄LACHIC店で、わらじとんかつ定食を頂きました。

名古屋テレビ塔(なごやテレビとう)は、愛知県名古屋市中区栄の久屋大通公園に立つ日本で最初に完成した集約電波塔(高さ180m)。

大阪城、熊本城とともに日本三名城に数えられる。大天守に上げられた金の鯱は名古屋の街の象徴にもなっている。 大小天守と櫓、門、御殿などの一部は昭和戦前期まで残存していたが名古屋大空襲(1945年)によって大部分を焼失した。戦後に天守などが外観復元されている。。。だそうです。

さて肝心の競技の方は、私の指導した学生は痛恨のミスがあって、本人にとっては不本意な結果となりましたが何とか入賞を果たしました。共に4ヶ月間苦労した甲斐がありました。