老眼

45才の私ですが老眼の自覚症状が現れています。電子工作を伴う実習でも、部品の型番を学生に読んでもらったりルーペを使ったり。

約10年前、Windowsのメニューをルーペで見ていた職場の先輩を思い出します。芋づる式に思い出したのがこの言葉。出典は明らかではない。

「年寄り笑うな行く道じゃ、若者叱るな来た道じゃ。」

あの時の先輩を私は笑っていました。

最近、学生を叱ることが少なくなっています。

周りが見えていない

1ヶ月ぶりの更新となりました。
心の余裕がない時にはいつもこうなります。

「やろう!」と勢い良くあげた拳を、下ろすに下ろせない状況にある。そんな感じも。

PTA活動に精を出したら、家族に負担がかかっているという事実。

我が子の面倒見も疎かになってきている。

飼っていたサワガニが死んだのもそのせいだっ!

考える時間を減らすことにします。

今日、書き始めるということは心の余裕が出てきたということか。

レンズフィルタを買ったので、今週末は久しぶりに写真撮影に励んでみようかと思います。

第51回岩手県小・中学校通信陸上競技大会盛岡地方大会

煙山小学校では毎年、有志の先生方の指導による特設陸上部の活動があり標記大会に参加させて頂いています。

息子も5年生になり、今日の第51回大会に初めて参加しました。息子の出番は20秒程度でしたが、朝7時30分頃から15時頃まで滞在し、私もしっかりと日焼けしました。北中生の活躍もチェックしながらだったので飽きのこない楽しい一日でした。

元々、息子の短距離走についてはあまり期待をしていなかったのですが、今日の100メートルのタイムを見てちょっと限界を感じました。比較して申し訳ないのですが、娘の時と比べて1秒以上遅い。娘が達成した6年生での14秒台も無理でしょう。

彼も、得意の持久走の方で頑張ると言っていました。期待しているよ。

運動会

25日(土)は、息子の運動会でした。

今年はPTA会長としての役割があったの朝から心の余裕がありませんでした。前日はがっつりと職場の飲み会、運動会の挨拶も当日の朝5時から考えるという準備の悪さ。カメラの準備にも手抜かりがあり息子の大事なシーンを撮り損ないました。

煙山小学校の運動会は9回目で、来賓席から見学したのは初めてです。競技の一番最初が息子の学年の徒競走でした。そのまま来賓席から応援しようか、ゴール付近でお嫁ちゃんと一緒に撮影などしようか迷いました。悩んだ末に後者を選びお嫁ちゃんを探しましたが見当たらず、結局、一人で撮影することにしました。

そんなことで時間をロスしたので、あっという間に最終組のレースで息子の登場です。慌ててビデオカメラを回したら。。。

「カードがロックされています。」

終わった。

特等席を捨てて駆けつけたのに余りにも酷い仕打ち。がっくりです。

話は変わって、来賓席から見る運動会はあらゆる面で子ども達との距離が近く、姿、表情がよく見えました。児童会長の挨拶は立派だし、徒競走で走る子ども達の一生懸命な表情、無言でタタタタ。。。が本当に印象的で心から応援です。

また、来賓の接待係の子ども達が上品・上手。その昔、娘も担当していたので余計にそう思ったのでしょう。勧められるままにお茶を頂いていたら、応援合戦の審査のときトイレに行きたくて仕方がありませんでした(審査に影響はありません)。

さんさ踊り、マーチング、リレー等など見ながら、娘の頃の運動会を思い出しました。なぜこんなに昔のことを思い出すのだろう。俺、死ぬんじゃないだろうか。。

校長先生が隣でよく写真を撮っていたので、最初は撮影を遠慮していた私もだんだん麻痺してきて何度かカメラを使いましたが、肝心の息子は遠いポジションばかりでした。席が良くても自ら動かないと駄目だとあらためて思いました。

せっかくのリレーも一眼レフが電池切れで、予備のコンデジで何とか撮ったぐらいです。来年は最後、しっかり準備して臨みたいものです。

運動会は大成功に終わりました。予定より数分遅れだと残念がっている先生がおられました。数分遅れなのに。何の問題ないじゃないですか!先生方、すごい。。。

日本の鉄道と並び日本の「UNDOKAI」は世界に誇れる時間の正確さなのですね。

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話は遡って、18日(土)は娘の運動会「皐月祭」でした。このブログでは、たまに娘と繰り広げる親子の葛藤を書いていますが、腹立たしいことが多すぎて彼女の応援に行くのも少々煩わしく感じていました。

天気は晴朗なれども、娘への期待なし。小1からずっとリレーのメンバーだったのに、今年は無しというのも残念でした。

それでもムカデ競争以降は応援しました。家での表情とは違い、明るい表情でみんなと頑張っている。悪く無いじゃん!

以下、その様子です。赤組の皆さん、ゴメンナサイ。

閉会式では、更にうれしい事がありました。娘が積極的に関わった、手も口も出したマスコット製作が最優秀賞に選ばれたのです。リレーには出られなかったけれど、この手があったか!

あらためて近くで見ると、繊細に描かれている部分がたくさんあることに気がつきました。どこに手と口を出したか家に帰ってから聞きました。良くやったな!

 

皐月祭

今年の皐月祭もまた快晴の最高のコンディションでした。

しかし、我が家の気分は超フツーでした。練習の時から娘がとにかく冷めていました。個人競技出場のチャンスもあったのに断ったらしく、何だか期待感が薄い一日だったのです。

それでも競技を見ると、ん?張り切っているではないですか。

期待感が薄い一日でしたが、最後のリレーはハラハラドキドキ。カメラを持つ手が汗ビッショリ。
((;゜Д゜)ガクガクブル… こんなことがありましたから。
娘が所属する団はちょっと残念な結果となりました。最後のリレーでも少しミステイク(娘ではない)があって、帰ってから娘は「はぁ〜残念だった。」を連発していました。あんなに冷めていたように見えていたのに。
何だ、いろいろ考えていたことあったのか。少し安心しました。これから上っ面だけで判断してはいけませんね。あと、言わせようと仕向けたのに他者の批判が一切ないことにもホッとしました。