家族旅行(1月9日-10日)

家族旅行で東京・千葉(ディズニーランド)に行ってきました。今回の資金は、おかか得意の500円玉貯金(2年)です。私を叱咤し続けて、貯めた貯金です。
東京に3年半勤めた私ですが、東京ディズニーランドに行ったのは今回が初めてで結構楽しかったですし、子供達も大喜びでした。いちも、一日中歩き回っていたのに疲れたとも言わず、しまいには音楽に合わせて踊りだすパフォーマンスを演じてくれました。
9日のディズニーランドでぴーこが最も喜んだのは「アリスのティーパーティ」、「キャッスルカルーセル」、要するにグルグル回るカップ、回転木馬です。 岩山パークランドにあるようなものを喜んだのは可愛らしいものです。チップとクラリスにサインを書いて貰ったのも思い出になったでしょう。

いちの大好きな新幹線は、指定席をとったのに残念ながら喜んでもらえませんでした。彼が最も楽しかったのは、新浦安オリエンタルホテルの食事だったら しいです。家ではすぐに「食べさせて!」と母にお願いする彼ですが、ホテルでは夜も朝も、一人で黙々と食べ続けていました。大人でも一人 3,000円で食べられるバイキングが目当てで選んだこのホテル、大変満足できました。

10日は東京タワーと、エプソン品川アクアスタジアムです。説明するまでも無く、田舎者には十分楽しめました。それは、良いとして。。。

2日目の朝、都心に向かうため新浦安から新木場までJR、そこで有楽町線に乗り換えることにしました。新木場で降りた私達は、通勤のビジネスマンの迷惑 にならないよう、最後にホームからの階段を降りることにしました。我々が最後尾のはずですが、僅か2才と思われる女の子がぽつんと一人、階段を怖がって降 りられず少し半泣き状態でいるのです。やがて、その娘は決心したように階段をひょこたん、ひょこたんと降り始めます。「母親は何やってるん だ!」と思い、周囲を見渡しても、誰も振り向きもしません。堪り兼ねて、「手をつないでおりようか?」と声を掛けますが、あっさり無視されてしまいます。 そして、その娘が頑張って階段の半分をおりた辺りで、次の到着電車のビジネスマンの大群が一気に階段を降りてきたのです!!
「おおっ、大丈夫か!?」
とても放っておけなくなりました。やっと階段を降りて半泣きで母親を探す女の子、ビジネスマンの大群に巻き込まれそうです。映画「戦艦ポチョム キン」の「オデッサの階段」を連想させる出来事でした。ビジネスマンの大群、怖い!!(きっと私が父親に見えたと思われ、誰も助けなかったのでしょう)
結局、改札を出た所で、母親の同行者らしき女性が、「〇〇ちゃん!?、〇〇ちゃん!?」と探しており、なんとか無事引き渡すことができました。それまで 我が家族がフォローしました。我々が居なければ誰かが助けたでしょうが、子供を置き去りにしたまま自動改札を通りますか?普通。。。。
その母親を一喝したかったのですが、首都圏で「BAGATARE、コノォ」と訛って怒る訳にもいかず、呆然とするばかりでした。
昨今、子供の受難が相次いで報道されておりますが、常識では計れない親が増えているんだなとつくづく感じました。

暖冬

12月30日から今日まで、3泊4日で実家に帰っていました。真冬に家をこんなに長く開けるのは初めてで、水道管凍結が心配だったので、北洲ハウジングのカスタマーサービスに水抜きの方法を確認するために年末に電話をしました。

「水抜きをしたいんですが、(中略)をすればいいんですよね?」
「3日間ぐらいですか?それぐらいであれば水を落とさなくても大丈夫だと思います。建てて何年目ですか?」
「この冬で3年目です。」
「15年前に建てたお宅でも大丈夫でしたし、恐らく問題ないと思いますが。凍結防止ヒータのコンセントは全て入れてブレーカーは落とさないようにしてくさい。(以下省略)」

おぉ、頼もしい。今のお家ってそうなんですね。しかしこの時期の盛岡の最低気温は、平年値で-5度近くですが本当に大丈夫なんでしょうか。今回は、結果として、留守の間は-1度程度までしか下がらなかったので、その真実は検証できませんでした。

ということで、すごく暖冬な毎日です。実家の八幡平市で恐れていた極寒トイレ、極寒風呂もありませんでした。雪もありません。母曰く、昭和55年の1月上旬も全然雪がなく、その年は大冷害だったそうです。今年はどうなるのでしょうか。

さらばPENTAX SFX

今日は年末の大掃除。。と言いながら、自分の本棚やガラクタ箱の掃除だけしていました。毎年モノを買って、我が家の納戸も少しずつ狭くなってきたので、不要品の整理をしたのです。

今回リストラの対象となったのが、89年に購入した一眼レフカメラ、PENTAX SFXです。AFでストロボ内蔵そしてCanonやNikonに比べて安いということで買ったカメラです。学生時代から新社会人辺りまではそれなりに積極 的に使ったカメラでした。腕前は素人のままでしたよ。  妙高山や御嶽山、乗鞍岳など登らなくても撮れる山をよく撮りましたねぇ。乗鞍スカイラインは当時自家用車でも通行できたのです。夜の富士山麓に行って、 月の明かりだけでバルブ撮影などもやったこともあります。思い切り失敗しましたけど(笑)。そして帰りに遭遇した山麓の暴走族にはかんなりビビリました。

岩手に帰ってからはほとんど使うことはありませんでしたが、娘が生まれたときは復活しました。しかしそれもつかの間、2001年にデジカメを買ったので この5年間はどこに置いてあるのかも知りませんでした。昔撮ったあの写真とフィルムは、10回近い引越しの中でどこに行ってしまったのか、手元には一つも ありません。

久しぶりに出したこのカメラ、シャッターを切っても、上がったままだったり、正常に切れたりで使い物になりません。 *istDL2と写り具合を比較しようと思い、フィルムまで買ったのに残念です。直せばイケるかもしれませんが、*istDL2があるので。。。ちょっと 可哀想な使い方をしてきましたが、長い間お世話になりました。さようなら。

イベントが終わりました

職場の忘年会、我が家のクリスマスパーティが終わりました。全くと言って良いほど雪がありませんでしたが、クリスマスにはやっぱり降りました。いちとぴーこは、実家のじいさんばあさんにプレゼントを買ってもらいました。さらに私たちからも、ぴーこにはきらりんレボリューションのCD2枚をプレゼントしました。これからドライブの時は、この曲を聴く羽目になりそうです(笑)。

岩手県技能競技大会

滝沢村のアピオで開催された「岩手県技能競技大会」に行ってきました。建築大工や配管など、従来から県内職業訓練校生による「技能競技会」は開催されていましたが、技能五輪いわて大会の翌年から、「青年技能競技会」と称して、情報処理や機械CAD、自動車整備なども競技が行われています。岩手県版技能五輪といったところでしょうか。しかも、高校生対象の競技種目も少しずつ増え、更なる広がりを目指しています。ものづくり機運の醸成としては非常に素晴らしい政策ですが、まずい、これからますます忙しくなりそう。。
わが校からも情報処理(ネットワーク構築)と機械CADに選手が出場しており、卒業アルバム用の写真撮影も兼ねて、見学に行きました。

恒例のものづくり教室もあります。私が競技を見に行っている間、おかかやちびっこ達は小物入れの製作に挑戦です。ぴーこは、得意の「ほとんど見るだけ」です。
そこに実行委員である同僚のT氏が来て、家族に声をかけてくれました。何を思ったのか、いちは突然「A子さんは?」(T氏の妻で、おかかの友人である)と聞いたらしいです。あはは。
小物入れは40分程度で完成し、おかかも大満足でした。「来年も行く」となぜか大人の方が張り切っているものづくり教室でした。