原敬記念館

ゴールデンウィーク5月2日から4日で600km以上走り、大いに疲れた3日間でした。

5月2日(水)は宮古のお義母さんの定期検診のための病院の送迎です。宮古宅から盛岡市立病院まで、朝5時〜夕方5時の間に盛岡〜宮古2往復。慣れきった106号のため退屈な道中でしたが、新しくできた「簗川ダム付替道路」には新鮮な感覚があり、助けられた気がします。

病院待ちの間を利用して、この年齢になり初めて原敬記念館を見学しました。

日本初の政党内閣を組織し平民宰相と言われた原敬元総理。その事実と、盛岡で大きな葬儀を行ったことしか記憶にありませんでした。しかし、記念館で展示されている貴重な資料や説明を見て、キャリアの豊富さ(外交官、新聞社主etc)、薩長閥で回していた日本の国政に風穴を開けた偉大な政治家というのがよく理解できました。

貴重な日記や各界要人からの書簡等が展示されています。直筆のものは私には全く読み取れませんでしたが、わかりやすい解説もついています。これらを、せっせと盛岡に運んでいたため震災・戦争で焼けずに済んだこと。これらを自分の死後直ちに公開してはならぬと遺書に残しているなど深謀遠慮なことにも興味を持ちました。

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その日の夜、滑り込みで町P連の会議・懇親会に参加しました。輪番制により私が町P連の会長になることになりましたが、その後の懇親会でその自覚が足りなかったことに気づきました。

新しい教育長さんを来賓として迎えての懇親会でしたが、私がその隣ということでやっと気づきました。

「しまった!俺、主催者代表じゃん!」(※形式的には)

心の準備が出来ておらず一気に緊張感が高まりました。そこに来賓の皆様が入場です。気のせいかもしれませんが、場もちょっとピリピリ感があったような気がします。私はかなり動揺しておりましたので、会長挨拶もしどろもどろ(いつものことですが)。

「▽※?□!$%&#・・・」

思い出したくないなぁ。毎年参加している同じ場面でも、立場が異なると全く見え方が違ってきますね。勉強になりました。。。

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