ニーズとシーズ

突然、我が家に見知らぬ客が来て、

「何かお困りの事はありませんか?私たちのノウハウを少しでも活かして皆さんの支援をしたいのです。」

と言われたら、自分は何と答えるのでしょう。

困っていることが無いわけではない。たぶん、後から考えれば幾つか答えが出てくるかもしれないが、とりあえず緊急的な困り事ではない。いや、生活そのものを見直す”人に言えない何か”はあるのですが、見ず知らずの人に本当の想いを言えるわけでもない。どう答えたら良いか、この場面をどう切り抜けようかと考え、

「例えば、どんな支援をいただけるんでしょうか?」

と相手に問かけるでしょう。

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震災後に初めて陸前高田市を訪れて、被災された方、支援する方と直接お話をして、そのような状況に陥ってしまいました。幾つかの場所で、仮設住宅で同じようなことを問いかけられました。

「例えば、どんな支援をいただけるんでしょうか?」

お断りしておきますが、高飛車に、どんな事ができるのか問われたのではありません。我々に対する配慮に満ちた問いかけです。今回の陸前高田市への訪問で感じたことは、次のとおりです。

  1. 我々が、自分たちが出来ること、出来る範囲を明確にしていない。これは怪しい商売と同じ。
  2. 被災された方々は困っておられるはずだが、ご自身の課題を明確に把握できていない(我々が、自分の家庭、職場の真の課題を把握していないのと同じ)。課題が明確なものについては既に支援がある、あるいは自分たちの工夫で何とか対処しておられる。
  3. 「支援したい」側、「実はここを助けて欲しい」側のボリューム感の違い、それを埋めようとする気遣いがある。

現地での会話の最中、こんな事も思い出しました。インターネットのどこかの記事を見て自分が理解していたことですが、要約するとこんな感じです。

「消費者のニーズを把握して、それをてんこ盛りにすればヒットする(喜ばれる)」これは幻想。
「消費者自身は何も気づいていなくても、革新的な何か(アイデア)があればみんな飛びつき、おおいに喜ぶ。」

衰退しつつある日本の携帯電話とiPhoneとの比較の話だったと思います。

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我々が何をどこまでできるのか明確にする必要があります。

そのためには、私達がこれまで何をやってきたのか、何をやりたいのかを明確にする必要があります。

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ゴミ拾いをしなければならない場所が、まだまだ沢山あるそうです。来年こそ畑仕事を、しかし、自分たちだけでは何とも。。。という場所。

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